雅楽のお師匠
昨日は私の雅楽の師匠の表葬儀がありました。
最初はお祭りのお手伝いでご縁を頂いたのですが、2年ぐらいお手伝いさせて頂いた時に「あんたもお坊さんやったら雅楽やりよし」と勧めてい頂いて篳篥を教えていただくことになりました。
最初の10年ぐらいは1対1のお稽古に緊張し、お稽古が終わる度に胃が痛くなっていました。
のらりくらりと10年続けた頃にようやく先生のお話されていることが分かるようになり、よくもまあそれまで辛抱強く教えてくださったものだなあとその頃は思いました。
いろいろお稽古や演奏の思い出もありますが、新しもの好きの先生が「パソコンを習いたい」と申されて教わる側から教える側に変わった時さっさと音を上げてしまったのは私の方で、本当に人を育てるということは愛情がないといけないものだと思ったこともありました。
表葬儀は、九州と仙台のお弟子さんたちと一緒に先生の好きだった曲を一曲だけ演奏したのですが、密葬の際は急なこともあり、通夜式の篳篥は僕1人で演奏することになりました。
20年近くお稽古をつけていただきながら先生の前でなんて無様な篳篥を演奏しているのだと思うと、悲しみというよりも悔しい涙が自然と溢れてきました。
亡くなられてもまだお稽古を付けてくださる先生は本当に最後まで僕のお師匠さんだったのだなあとその時に思いました。
この想いをきちんと胸に刻んで雅楽の道も精進していこうと思います。
(写真の絵馬は毎年先生が描かれている干支絵馬です。)
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